本物の胡椒で柚子胡椒を作る
「柚子胡椒の胡椒って胡椒ではなく青唐辛子である」
それを知った時、どれくらい前だったかは忘れたけれど。柚子胡椒の正体が青唐辛子だったなんて……メンマが使用済みの割り箸を柔らかく煮たものじゃないことを知ったくらいの衝撃だった。
え、というかみんな知ってた? 柚子唐辛子でいいじゃん、なんで胡椒とか誰も得しないような嘘をつくんだよ、なんだろうこの大人が子供を黙らせるために都合のいい嘘をついてます感。嘘つかれた子供の心にはざっくり傷がつくんだぞ?

ちょっと調べてみたところ「九州地方では唐辛子のことを「こしょう」と呼ぶ方言がある」らしいことが分かったのだが、え、日本に入ってきた時期的に胡椒より唐辛子のほうが先なんじゃないの?と思いさらに調べてみると、
・胡椒は奈良時代
・唐辛子は戦国時代
ってことらしく、へーそうなんだ、それなら唐辛子を胡椒、と呼ぶ方言文化があっても不思議ではない。とはいえ「なんで素直に柚子唐辛子と名付けなかったし」感はぬぐえないけれどな。
実際の問題、全日本人にアンケートをとっても確実に「唐辛子じゃなくて胡椒だと思ってた」のほうが多かろうよ、と今夜の主菜である茹で豚に柚子胡椒を乗っけながら思うのだ。
え?唐辛子じゃなく本物の胡椒をつかって柚子胡椒を?
できらぁ!
って流れになるのも当然だろう、本物の胡椒を使って柚子胡椒を手作りしてみたくなるというものだ。

まぁ同じことを考える先人はいる。だが、我らが居酒屋なかおちの店主、つまり僕だが、その男は天邪鬼というかクソガキマインドの持ち主なので同じものをそのまま作ることをよしとしない。
胡椒のホールといえば乾燥されたものが一般的、というか日本で購入するとなるとそれしか選択肢はなかった、過去形。そう、今なら手に入るのだ、この塩漬け胡椒が。

数年前から東京でも見かけることの多くなったこの胡椒の塩漬け。収穫した胡椒をそのまま塩漬けにしたもので、ガリっとかじれば胡椒本来の香りがパーンとはじけ飛ぶ。乾燥させた胡椒にはまったくないフレッシュな香り。さらに塩気と辛味が織りなす新感覚のツブ胡椒、おそらく合わないお酒はないと言い切れる。
今回はこいつを青唐辛子の代わりに、というか本来の柚子胡椒の姿に戻してやるというか。最近出回りつつある青柚子とこのセラペッパーで、本物の「柚子胡椒」を作ってみたいと思う。
青柚子と合わせる
食べたことのある方ならご存じと思うが、これがなかなかの塩気。クリームチーズなんかと合わせてバケットに乗せても美味しいのだが、この塩気なら同量の青柚子の皮と合わせればよいのではと野生の勘が働く。
長いことヘンテコレシピを試しちゃ失敗して経験を積むと、塩味バランスなどの勘はだいぶ育つようでつくづく失敗は成功の母だと痛感する。その母が「塩味はそれだけでいいのよ」と優しくささやくので、柚子の量はこんなもんでいってみようと思う。

くわー胡椒と柚子の香りが二層になって鼻をすがすがしく通り過ぎてゆく。間違いない、成功の母よ、失敗の末に生まれたあなたの子はきっといい仕事をしてくれる。

さらにみじん切りにしていくと一層香りが立つ。そして胡椒も青柚子もぷりぷりで元気がよく庖丁を入れるとプッツンプッツン弾け飛んでしまい、めちゃくちゃ苦労させられる。母よ、いい子ではあるがやんちゃな子であった。だが元気があってよろしい。
青唐辛子の柚子胡椒はここからすり鉢ですりおろしてから壺などで熟成させるわけだが、こうもプリプリだとそうはしたくない気持ちになってくる。ある程度粒感が残る程度でいったん瓶に詰めて、しばらく熟成させてみようと思う。

ちょっと口に含んでみると柚子の皮がまぁまぁ苦い。だって青い柑橘の皮だものな。これ大丈夫か?とちょっと不安になるものの、なるようになるさの精神で冷蔵庫の上段、冷えが若干穏やかな場所に入れて熟成させることにする。

しかしこの愛染隊長のセリフはこうして瓶を使いまわしまくる僕には使い勝手がよくて困る。そんなことは置いておき。数ヶ月ほど熟成させてみたところ、いい感じでしっとりしてきたのでいざ食してみよう。
美味い、美味すぎる
ほんの少し口に含んでみたところ、熟成前の苦みがだいぶ和らいだようで……あ、これ美味いぞと確信にいたる。
まず舌に訪れるのは塩味。そして間髪入れずに胡椒のスパイシーな風味と辛味が訪れ、柚子の爽やかな香りで鼻腔が満たされたあと、微かな皮の苦みが余韻をひく。美味い、うますぎる。埼玉銘菓十万石まんじゅう。
ねっとり感はまったくないのでいわゆる一般の柚子胡椒とはだいぶ趣の違う調味料になったがホントうまいぞコレ。
さてこれを何に合わせようかと思っているところに、よいアジが手に入ったのでここは焼き魚の薬味としてまず試してみることにする。

これは……! いやー合う、合うなぁ。さわやかな柚子と胡椒の香りがアジをいっそう際立たせる、ナイスアシストっぷり。香りの層が違うのか、柚子も胡椒もアジの風味を損なうことをしない。そして青魚の持つ脂の旨み、その輪郭をはっきり際立たせるような……とにかくこれは合う。思った以上の効果を発揮しており、白飯との相性も決して悪くない。
もしこんな小粋な調味料を脇に置かれたアジの塩焼き定食を出すお店があったら通ってしまうレベルだ。
これはウォッカに合うぞ!
もともと塩漬け胡椒がそれだけでガリガリ食べても美味しいので、柚子と合わせても美味いのは道理ではある。でそのままちびちび食べていたのだが……
これ、多分ウォッカに合うな、と確信する。
ウォッカってもとより柑橘類と相性がいい。オレンジやライムと合わせたカクテルは数多く存在するしね。
なので合うは合うのだろうが、ただツマミとしてこの柚子胡椒をつまんでも芸がないな、どうしようかなーと思っていたところ、いつものアキダイでこんなフルーツを見つけた。

ジャクソンフルーツ。
南アフリカ産の柑橘類ということで、どうやらグレープフルーツの弟分らしい。苦味もほとんどなく、房ごと食べられるミニチュアグレープフルーツといったところか。これなら家にあるレモン絞りでジュースが作れそうなので、よしそれならソルティードッグしかないじゃないか、という結論に至る。

柚子と胡椒の香りは切れ味がよいので、包み込むような柔らかい香りが合う気がする。という観点からウォッカは桜餅のような香りと称されるズブロッカにしてみよう。
上品な野性味とでも言えばいいのかな、値段がお手軽なので若い頃はよく飲んだけれど久しぶりに飲むとやっぱりいい香りだ。ジャクソンフルーツのジュースとも相性がよさそうだし、柚子、胡椒、ジャクソンフルーツ、バイソングラスの香りが四重奏となりそうだ。
レッツシェイキング

カクテル用のシェイカーなんてものはないが青汁用のシェイカーならあるんだなこれが。背格好はだいたい一緒だから代用できるはずだ。あれ、ソルティドッグってステアで作るんだっけ??……まぁいいや、氷をいれて。


グラスの淵に柚子胡椒をまぶす。塩の場合はスノースタイルだがこの場合は何スタイルになるのだろうか。泥をまぶしたようにしか見えないのでマッドスタイルと名付けよう。



……
おい今「なんか汚いな」とか言ったやつ、出て来いよ!ひどいこと言うな!確かにバーベキューしててうっかり地面にグラスを落としちゃいましたみたいなビジュアルだけど!見た目が汚いけれど!「ビジュアルに独特の個性がありますね」って言うんだよこういう時は!
まぁこれは試作第一号なのでビジュアルは改善の余地ありありではあるが…味はいい、いいぞ。
胡椒の塩気はソルティドッグのそれと同じ役目を担っている。胡椒の辛味とウォッカの風味がとてもマッチしていて◯だ。ズブロッカの香りとバイソングラスの香りがお互いの個性を引き立たせ合い…これはカクテルとしてかなりいい線いってないか?
黒い粒々というなかなか御しがたいビジュアルをなんとかすればホントにカクテル選手権でもいい位置につける気がする。本職のバーテンダーさんは、これをベースに磨いてみてほしい、そんなレシピです。
大いなる可能性を感じるシン・柚子胡椒
実は乾燥した普通のホール胡椒でも試してみたのだけれど、乾燥されたものだと何というか「柚子さんと胡椒君」と言えばいいのだろうか「二つの個性はありつつも存在は別物」みたいな感じになる。というかもとよりねっとり仕上がらないんだよな、本来あるべき青唐辛子の水分がない分、ぱさぱさになってしまう。ここはやっぱり塩漬け胡椒で作ってみていただきたい。原価はまぁまぁしてしまうが、和洋中どの料理にも、どんなお酒にも合うようなアクセント調味料となっており、そのポテンシャルはなかなか高いと言える。
おそらく青柚子でもカボスでもレモンでも、柑橘の皮なら多分どれも美味しいと思うので、試してみてくださいな。
今回のお酒🍺

甘いバイソングラスの香りと薄い琥珀色が特徴のポーランド産のウォッカ
ウォッカそのものは芋などの穀物から作られるシンプルな蒸留酒なのでピュアなアルコールの香りしかしないため、後から柑橘類やバニラのフレーバーを加えるのだがたものをフレーバードウォッカと呼ばれ親しまれているのだが、ズブロッカはバイソングラスという麦藁で香りづけされているハーブウォッカだ。

ロックでもソーダ割りでも、今回のように柑橘果汁と割っても楽しめて、お値段もお安め。
客間の棚なんかに飾っておいても見栄えが良いよね。少し大きめな酒屋ならだいたい置いてあるので、味わったことのない方はぜひどうぞ。おすすめです。